物理の問題の答案などをみると,様々な表現の仕方を見かける.その中にはいくつか表記方法に整合性のないものや,物理学的に解釈の厳しいものがある.ここでは,物理量の値の表現についてまとめる.
単位に関わる国際的な取り決めである,国際単位系(SI)第 9 版(2019)日本語版によれば,
量の値は、一般に数値と単位の積で表される。
とされている.
つまり,1や2.5などの数字だけでは基本的に意味を持たず,何かしらの単位と比べて何倍であるかを表すことで意味をもつ
(例:1.0 m,3.14 kg,0.98 s).単位は状況に応じて適切な単位を使うことでその量の大きさを適切に伝えることができる.
一般的な議論をするなどの目的で,物理量を文字で表すことも多い.例えば,ある物体の質量を\(m\)として表す.つまり,\(m\)は \(m=4.0\,\mathrm{kg}\)のように物理量そのものを表すと考えることができる.
物理量の表記をする際に,\(v〔\mathrm{m/s}〕\)のような表現をする場合がある.本記事の主題としてこの表現(「括弧つき単位表現」と呼ぶことにする)に関して考察する.
括弧つき単位表現の一番の問題点は,「文字\(\,v\,\)に数値のみが充てられており,括弧つきの単位\(〔\mathrm{m/s}〕\)との掛け算で物理量の値を表している」という解釈(「単位別記解釈」と呼ぶことにする)が生じうる点であると考える.
この解釈は一貫性をもって使用されていれば論理的な矛盾は生じないものの,後述するよう(後日書く予定)に,物理学的にはかなり厳しい解釈であると筆者は考える.
括弧つき単位表現が多く用いられている文献・書籍として,高等学校以下の初等中等教育の検定教科書が挙げられる.これが,括弧つき単位表現が多く用いられる要因の一つとして考えられるが,高等学校の検定教科書では,必ずしも単位別記解釈を採用しているわけではないことを紹介しておく.
「改訂版 物理基礎(数研出版)」によれば,
一般に,物理量(物理で扱われる量)は,\(1.5\,\mathrm{m}\),\(0.80\,\mathrm{m/s}\)など,「数値」と「単位」の積で能わされる.ただし本書では,表記を簡潔にするなどのため,物理量の単位を省略して数値のみで表すことがある. また,物理量を記号(時間\(t\),速さ\(v\)など)で表す場合は,記号は数値と単位の積を表すとみなせるので,記号の後に単位をつける必要はない.ただし,その物理量が持つ単位を明示したほうがわかりやすい場合,本書では,記号の後に\(〔~~〕\)で単位を示した.であり(他社教科書及び他教科・他校種については後日追記したいと考えている),ここでは,以下の3点に注目する.
記号は数値と単位の積を表すとみなせるので,記号の後に単位をつける必要はない
その物理量が持つ単位を明示したほうがわかりやすい場合,本書では,記号の後に\(〔~~〕\)で単位を示した
表記を簡潔にするなどのため,物理量の単位を省略して数値のみで表すことがある
このように,検定教科書自体は,単位包含解釈を採用し,その上で初学者の理解の助けとするため,単位を括弧つき単位表現で併記する方針を採用しているように思える. しかし,上で引用した検定教科書の記述は,「参考」や「コラム」のような形で本文に続いた形で掲載されている訳でも,「資料」という形で巻末に掲載されているわけでもない.「目次」のページの隅にひっそりと記述されているのである.
これによって,この表現と解釈についての記述が人々の目に付く機会が失われている可能性は大きいと考えられる(少なくとも私は大学院を卒業し,実際に高校で授業をするに当たって教科書を眺めるまで気づかなかった).
括弧つき単位表現\(\,v〔\mathrm{m/s}〕\)が,その解釈なしに初学者に与えられると,初学者の中で「\(\,v\,\)が数値で,それに単位\(〔\mathrm{m/s}〕\)をかけている」という単位別記解釈が進むのは割と自然であると私は思う.
もちろん,紙面の関係もあり,目次とはいえ単位の表記方法とその解釈について記載してあるわけであるから,検定教科書が悪いわけではない(といいつつ,巻末の単位や次元・有効数字のあたりの並びで書いてほしいという希望はあるが). むしろ,一人でも多くの関係者(物理を教える教員はもちろん,理科・数学を専門に教える教員なども含めて)がこの事実に気づき,周知していくことが重要でないかと思う.
※あくまで勉強途中であり,今後多少主張が変わる可能性があることを付記しておく.